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過保護大国 日本

今日は、友人が営む保育園の発表会なるものの設営のお手伝いに駆り出された。

会場の都合で約300のイスを10分で出さないといけないというミッション。保育士の先生方も慣れている様子で、あっという間に300席が並んだ。

開場されるとゾロゾロと約300人の父兄が登場!園児100人に3倍のご来場だ!

過保護日本を象徴する場面。6ポケットと言われるように少子高齢化の今は、1人の子供に6人の大人がついている。小さいころからたくさんの大人に見守られ、その恩恵もたくさん受ける事だから、将来は、年金負担で高齢者を一人で数人を養うのは、ある意味恩返しにすぎないのではないかと思う。昭和の子供に比べて生まれながらに持ってるものも多いはず。

私の幼少期からすでにその兆候はあったが、私の親は、あまり関心がないのか、仕事が忙しかったのか、こちらから来てくれと頼まないと、学芸会や運動会のたぐいには、あまり来なかった。じいちゃん、ばあちゃんの類も早くに他界していたため、幸い、孫扱いの体験もない。

幼少期の過保護は、ろくなもんにならないと言うのは、私の自論であるが、今、日本が経済的に世界から立ち遅れだしてるのは、私くらいの年代から始まった過保護な子育て環境で育った大人が社会を手動する年代になってきたことにその要因があると思う。

過保護は、打たれ弱い人間をつくる。だって保護が過剰だから、打たれることがないからね。

現在のパワハラ、モラハラなどは、弱いから打たないでね、という防衛線を引くことから生まれている。

鉄は打てば打つほど強くなる。人間も同じであり、打たれない人間は、当然弱くなる。

弱いものは、負ける。世界は、弱肉強食である。

強い日本を取り戻すには、過保護な子育てをやめること、そのためには、スペアを作る。たくさん生むこと。

結局のところ少子化が過保護を作る悪循環。

これは、どーもなりまへんな!

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