
おかんは、今は亡き親父が介護施設に入ってから自由を手に入れて、絵画教室に通いだした。教室は、僕の家の近くにあるので、今日は、帰りにお茶をする事になる。場所は、桃谷商店街、大店法が改定される前は、とても活気ある商店街で、魚屋、八百屋、肉屋、飲食店などがたくさん建ち並んでいた。ガキの頃は、この商店街が社会との接点みたいなもんだった。久しぶりに歩くと、さあ〜、いらっしい、いらっしゃい!という八百屋のおばちゃんの通る声がこだましていたのが脳裏に浮かぶが、今は、当時の店、面影はなく、シャッター商店街と化し、すっかり寂れている。
個性的な店もたくさんあった。おかんがよく連れてくれた気さくな夫婦がやってる喫茶店イプセン。洋食ランチが美味しく立派な水槽があったレストラン サボテン。高校時代のたまり場で、僕の初恋のウェイトレスがいたケーキ喫茶ロンドン。ミックスジュースが美味しい喫茶店アラビア。ちょっと愛想の悪い喫茶店マンデリン。機械的に働く面白い兄ちゃんがいる力餅食堂、若くしてハゲてしまった若ハゲ兄ちゃんのカメラ店、早朝のビラ巻き手伝い後の冷えた体を温める立ち食いの都そば、手打ちうどんとかやくごはんが定番の坂出、店頭でたこ焼きを焼いてタコポンを流行らせた一文駄菓子屋などなど。今も残っているのは、坂出、マンデリン、イプセンだけだが、今日は、イプセンは、閉まっており、仕方なく無愛想なマンデリンへ。夕方16時過ぎであったが、満席で繁盛しており、ホールのおじさんは、愛想がいい。昔とちゃうなあ、と思いつつミックスサンドをいただいたが、なかなか懐かしい昭和の味。

お会計で、昔は、良く来たと話すと愛想いいおじさんは、2代目と判明。昔は、無愛想だったよ、と突っ込むと、ああ、親父は、無愛想でしたからね。昔は、それでも良かったが、今は、それでは、やっていけませんよと、ハゲ頭をポリポリ。ちょっとした愛想でまた来ようかなと思うのが人情だ。駅前には、スタバもできたので、若い客は、いないが、僕はだんぜん昭和のホーム喫茶が好きだ。画一されたチェーン店にはない独特な個性がある。繁盛からは、古きを憂う時代の足音が聞こえてくる。頑張って生き残ってほしいと思う。
いつもと違うジムへの道を歩いていると立派なモデルルーム発見。もしやと覗いてみると、そこは、私の家の近くに建築中のタワーマンションのモデルルームであった。興味があったので中にはいると、1戸125平米くらいの広いタイプで、価格は、2億3000万。再来年の完成にも関わらず35戸中、すでに3件しか残っていない。庭付きの広い家が空き家だらけの白浜と大違い。
大阪には、100平米越えマンションは、あまりなく、この規格のマンションは、冒険だったみたいだが、蓋を開けるとあっという間に売れて嬉しい悲鳴をあげていた。

大阪にもお金持ちがたくさんいるんだなあ。中国人かなと思ったが、すでに売れてるのは、全て日本人らしい。中国人は、富裕層といえども民泊運営できない物件には興味はないようだ。

日課のプールは、久しぶりに1キロを泳破した。
スーパー、コンビニでは、味わえない昭和の商店街にあった人情と社会感。
これからの時代には、不用な感性なのだろうか?