2月の声を聞くと、田舎移住を開始した4年前が思い出される。
タイから帰国して大阪くらしに退屈していた僕は、なんとなく、大阪にいてもつまんないなあ、という感じで、たまたまダイビングで訪れた白浜で、民泊&ダイビングショップでもやりながら田舎くらしをしてみるか!という思いつきで、たまたま目に止まった白浜町の地域おこし協力隊という仕事に応募したのが始まりだ。
白浜といえば、温泉街、白良浜界隈しかイメージしていなかったが、赴任が決まった日置川は、白良浜からさらに南下し、椿を超えたすさみの手前の小さな田舎町であった。
最初は、ちょっとイメージと違うなあ、と感じながら僕のミッションである道の駅のレストラン部門のコンサルティングという仕事をこなしながら暮らしてみると、海、山、川の大自然に恵まれたそれはそれは、素晴らしいところであった。
私が白浜町から与えられた家は、築年数80年くらいの古民家で、高速降りてすぐ、役場、郵便局、スーパー、コンビニ、ホームセンターが近くにある大変便利な場所でもあったため、僕の田舎くらしは、とてつもなく快適なものとなっていた。
ちょっと派手に仕事をやりすぎたのか、3年予定の任期を2年でクビになった。役場は、どうやら仕事をやり過ぎる人が嫌いなようだ。お気に入りの借りていた古民家を売ってくれるというので、すぐ購入し、退職と同時に古民家民泊を開業したのだ。
地域おこしと活性化が僕の一番の起業動機であったが地域の方々は、全てが必ずしもそれを望んでいるわけではないということには、やってから気付かされた。
政府はしきりに地方創生をスローガンに地域おこし協力隊などの制度に予算をさいて、田舎移住を推奨しているが、受け入れ側にその目的と必要性は、十分浸透していないのが現実だ。
よそ者扱いでいじめられる事もありますが、理解者もいるのが救いです。
今は理解されずとも将来必ず、地域のためになると私は信じてやり続ける。